| 025 |
航海士 |
「べっこり大穴開いていたらどうするか…」(懐中電灯で足元を照らしながらぼやく) |
| 026 |
少女 |
「こんばんは」(くるっと振り向き、航海士を見る) |
| 027 |
航海士 |
「…ん、こんなところで何やってるんだい?さっきの衝撃で危なかっただろう」 |
| 028 |
少女 |
「まずは挨拶しないとな…ってね」(ニッコリと笑う) |
| 029 |
航海士 |
「お友達とかくれんぼかい?悪いけど、それは中でやっててもらえるかな」 |
| 030 |
少女 |
「かくれんぼ?それはこの船に乗っている乗客全員とってこと?」 |
| 031 |
航海士 |
「悪いけど、お兄さんは君と遊んでいる暇はないんだ」 |
| 032 |
少女 |
「そうだよね。かくれんぼだったらもう見つけちゃってるもんね?」 |
| 033 |
航海士 |
「ここは危ないから中に入りなさい」 |
| 034 |
少女 |
「鬼ごっこの方が楽しいかな?追いかけっこの」 |
| 035 |
航海士 |
「お兄さんの言葉が聴こえてるかい?」 |
| 036 |
少女 |
「じゃぁ…隠れ鬼でいっか。お兄さんはもう見つけたから、逃げていいよ?」 |
| 037 |
航海士 |
「お兄さんは何かにぶつかった原因を調べなくちゃいけないんだ。君とは遊んでられないんだよ」(懐中電灯で船首を照らす) |
| 038 |
少女 |
「逃げないと捕まっちゃうよ?」 |
| 039 |
航海士 |
「だから、他の人に遊んでもらって。お兄さんは忙しいの」 |
| 040 |
少女 |
「…どうやってこの怒り、鎮めようか」 |
| 041 |
航海士 |
「あれ…おかしいなぁ…こすった痕一つなさそうだ。ありえるのか?」 |
| 042 |
少女 |
「ボクがこの船に移るためにぶつけたんだもの」 |
| 043 |
航海士 |
「は?」 |
| 044 |
少女 |
「この錨…どう沈めようか?」 |
| 045 |
航海士 |
「何だって?」(少女の不可解な言葉に眉を寄せて振り向く) |
| 046 |
少女 |
「錨を沈めて、怒りを鎮めようか」(ひょいと航海士の制帽を奪う) |
| 047 |
航海士 |
「おい、こら返せっ」(少女の手から制帽を取り返そうとする) |
| 048 |
少女 |
「ボクの怒りは鎮まらない。錨が沈むのはこの船が沈む時さ」(きゅっと目深く制帽をかぶり、ニッと歯を見せる) |
| 049 |
航海士 |
「ふざけてるとお兄さん怒るぞ!」(荒々しく捕まえようとする) |
| 050 |
少女 |
「その怒り…鎮めてあげるよ。錨と共にね!」(さらりっと避けて身体をしならせる) |
| 051 |
航海士 |
「うぼわぁっ・・・あばぁっ!?」(暗闇から鼻先をかすり、脇腹に激痛が走り弾き飛ばされる) |
|
|
ジャラララララララン…ジャルルルルル…(錨の鎖が地面を這う音) |
| 052 |
航海士 |
「が…っ……何が…」(血反吐を吐きながらうずくまる) |
| 053 |
少女 |
「…お兄さんの怒り、鎮めてあげるよ。海の奥深くにね」(錨を大きく振るって航海士に狙いを定める) |
| 054 |
航海士 |
「いか…り……うわぁあああああああああああああああああああっ…………」(少女の錨が見え、恐怖に顔が歪む) |
| 091 |
機関士 |
「くそっ、どれもイカれてやがる…」 |
| 092 |
船長 |
「諸君、ここはもういい。直に船は沈む。動かなくなった船の舵にしがみついたところで、得るものは何もないぞ」 |
| 093 |
機関士 |
「船長しかし、我々はここを離れるわけにはいきません」 |
| 094 |
船長 |
「君たちはボートで避難するんだ」 |
| 095 |
機関士 |
「我々はここの責任者です。逃げ出すわけには」 |
| 096 |
船長 |
「動かない機械の前にボーっと突っ立っていることが責任を果たすことなのかね」 |
| 097 |
機関士 |
「船を動かさなければいけません!」 |
| 098 |
船長 |
「最期を見届けるのは私だけで十分だ。君たちは避難しなさい。すぐにだ!」 |
| 099 |
機関士 |
「最期まで諦められませんよ!」 |
| 100 |
船長 |
「これは船長命令だ。総員退避せよ。そして、乗客の先導、安全の確保に務めてくれ」 |
| 101 |
機関士 |
「船長…」 |
| 102 |
船長 |
「ただ今をもって、諸君たちの任を解く。すぐにここを出ていくんだ」 |
| 103 |
機関士 |
「…くっ、どうか御武運を!」 |
| 104 |
船長 |
「…一体何故こうなってしまったというのだ、何故!」 |
| 105 |
少女 |
「どうしてだろうね」 |
| 106 |
船長 |
「む…、お嬢ちゃん。迷子かね?みんなはボートに乗って移動しているぞ」 |
| 107 |
少女 |
「迷子…そう、迷子。行く宛もなく海を漂い続ける迷子…」 |
| 108 |
船長 |
「この船はもうじき沈んでしまうんだよ、お嬢ちゃんは早く避難しなさい。うん?その制帽は…誰かから貰ったのかい?」 |
| 109 |
少女 |
「航海士のお兄さんから」 |
| 110 |
船長 |
「そうか。イイ子だからその帽子を持って、ボートへ乗るんだ。いいね?」 |
| 111 |
少女 |
「錨、沈めてあげる」 |
| 112 |
船長 |
「錨?」 |
| 113 |
少女 |
「行き場のない怒り…鎮めてあげる」 |
| 114 |
船長 |
「何を言っているんだ、お嬢ちゃん。」 |
| 115 |
少女 |
「ボクがこの地に錨を打ち込んであげる。沈めてあげるよ」 |
| 116 |
船長 |
「意味が分からんな…一体何のことを…」 |
| 117 |
少女 |
「海にシズメテアゲル…」 |
| 118 |
船員 |
「く…流石に船が傾いてきたな…そろそろ俺もボードに乗らさせてもらうとするか」 |
| 119 |
機関士 |
「船員は最後まで乗客の避難誘導しろ」 |
| 120 |
船員 |
「この救命ボードの船頭を俺が責任もってする。お前こそ、船に残って最期まで船と心中していろよ」 |
| 121 |
機関士 |
「なんだとっ」 |
| 122 |
船員 |
「あぁ、もういい。おーい、ボート降ろせっ」 |
| 123 |
機関士 |
「お前、降りろ!」 |
| 124 |
船員 |
「うるせー。突き落とされたくなければ大人しく座っていろ」 |
| 125 |
少女 |
「ところで船員さんたち、どこに避難するの?」 |
| 126 |
機関士 |
「どこって…」 |
| 127 |
船員 |
「…通りかかる船舶に助けてもらえるから大丈夫だよ、お嬢さん」 |
| 128 |
少女 |
「無駄だよ…このボードも船もみーんな沈んじゃうから」 |
| 129 |
船員 |
「大丈夫だ、俺たちは助かる。信じれば助かるからな」 |
| 130 |
少女 |
「この海域で沈んだ船の数々…無数の乗客たちの怨念が渦巻くこの海面を…怒りを鎮めることができる?」 |
| 131 |
機関士 |
「沈んだ船の数々…無数の乗客たちの怨念?」 |
| 132 |
少女 |
「怒りを鎮めるには、新たな錨を鎮めるしかない…それしかないよ?」(顔を上げてニコッとする) |
| 133 |
船員 |
「新たな錨…意味が分かんねーな…お嬢さん、一体」 |
| 134 |
少女 |
「沈みし船の乗客よ!囚われた錨の鎖から解放されたければ、1000人沈めて静かにさせれば、その鎖を外そう!」(海面に向かって叫ぶ) |
| 135 |
船員 |
「気でも触れてしまったのかい、お嬢さん…」 |
| 136 |
機関士 |
「いや、見ろ!海面を!」(ライトで海面を照らす) |
| 137 |
船員 |
「あぁっ!?なんだこれ…っ!?」(救命ボートの合間に無数の青白い手が突き出ているのを見て腰を抜かす) |
| 138 |
機関士 |
「まさか…レーダーに映っていたのは…」 |
| 139 |
少女 |
「ボクたちの怒りを鎮めるには、錨を沈めるしかないよ…その『命』という錨をね」(ニィッと笑う) |
| 140 |
船員 |
「なんだ…この悪夢は…」(海面を漂う避難するボートがあちこちで悲鳴を上げながら次々と沈んでいく) |
| 141 |
機関士 |
「…僕たちが何したって言うんだ」(放心状態で呟く) |
| 142 |
少女 |
「さ、シズメヨウカ」(大きな錨を振り下ろす) |